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ベストグループ見聞会御講話集「21世紀を幸せに生きる」

衣川晃弘大先生の見聞会講話集「21世紀を幸せに生きる」第7巻より

2014年(平成26年)12月21日 ベストグループ九州地区見聞会①

九州の皆様、おはようございます。何でもそうですが、自分から心を開かないと人は寄って来ないのです。偉そうにしていては誰も寄って来ません。人間関係を一番大事にしなければ、人との関係は上手くいかないものです。

私は人間関係を上手くするために、一番難しい仕事をさせて頂きました。二十七歳の時に経理マンから独立をさせて頂きました。経理マンは数字を弾くだけですが、経理は一円間違えるだけでもダメなのです。経理は百パーセント合致して当たり前なのです。

しかし、一番難しいのは人間関係だと思いました。ですから、私は経理マンを辞めて独立させて頂いた時に、飛び込み営業をさせて頂きました。やはり、飛び込み営業は難しいものでした。しかし、ありがたいことに、当初から三人会えば二人のお客様が即、ご契約して下さいました。

当時は人と話すことが怖かったということを経験しています。私の場合、生い立ちがそのようにさせました。産みの母に二歳半で置いていかれて心が傷ついていました。母に捨てられたということは、子供にとって一番ショックを受けることです。ですから、私もやはり無意識の中でショックを受けていたのだと思います。

ところが、父はとても人間性が素晴らしかったのです。父は国鉄を辞めて、私を育てるために自営を始めました。
父は貧しい家庭で育ちましたから、小学四年生の時から祖父の仕事を手伝っていました。

祖父の代から石塔屋をしておりました。父は尋常小学校六年しか卒業していませんでしたが、人柄が良かったのです。石塔に細い字を深く彫って、仕上げるのに時間が掛かるのです。

そして、それをお客様のところへ持っていくのですが、父はお金の無い方にはお金を貰って来なかったのです。普通ならばお金を貰いませんか。父は米を少し貰って帰ってくるだけでした。

一応手付金は貰っていましたが、お金が無いという方には手付金だけ貰って、残りは貰ってきませんでした。そうすると生活をするお金が無いので、我が家が夜逃げをしなくてはいけませんでした。

高校までに四十回くらい家を替わったような気がします。それほど我が家は夜逃げの名人になっておりました。家を借りても家賃の支払いが滞りますから、少し経ったら引っ越しすることを繰り返していました。

そのような家庭環境の中で、私は人間関係がだんだんと臆病になっていきました。しかし、自分の記憶の中では、私は付き合う友達を選んでいました。友達はみんな人間性が良い方を選んでいました。本当に人柄の良い友達ばかりを選んでいました。だから、人間性が穏やかになっていったのだろうと思います。

話を聞いて人は成功するわけではないのです。話を聞いたことを実行するから成功するのです。私は「成功する」ということに物凄く敏感な時期がありました。

成功とは成し遂げるということです。ですから、中途半端な方を見ると叱ってやろうかと思うことがあります。辛いことや苦しいことがあった時に、我慢してやり遂げるから成功していくのです。

その力は親の育て方にあるのです。嫌なことから逃げるような育て方をする親もいます。私の場合は、「どんなに辛いことがあった時でも、我慢した時に人間として力がつく」と教えられた育ての母の教育があったように思います。

まず、あなた方は言葉の端々(はしばし)にネガティブ(否定的)が入っているのか、ポジティブ(肯定的)が入っているのかを知っていないのです。それらは顔に出るのです。

ポジティブは顔に素晴らしさが宿っています。一方、ネガティブは顔に自信が無く、不安が顔に出ていたりするのです。あなた方は衣川(大先生)の姿、言葉、顔つきや表情等を見ているのです。しかし、あなた方は今、こうして自分も見られているということを知っていないのです。

目は外に付いていますか? それとも中に付いていますか?
目は外に付いているから、いつも人のことを見ているのです。つまり、あなたも人を見ているように、あなたも人から見られているということです。自分を知るということはとても大事なことです。

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